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自然界のデザイン
ああ、なんて素敵なんだろう。 絶妙なデザイン。色使い。 幾何学的な美しさの中から浮かび上がってくる自由画。 * 私は子供の頃から蝶々が好き。 モンシロチョウやアゲハチョウがひらひら舞っているのを見ると、キラキラと心がときめく。 けれど、蛾(ガ)は少し苦手だった。 子供の頃の蛾の思い出は、例えばキャンプ場の街灯の下をバタバタと群れて飛んでいたり、触れる手に鱗粉(りんぷん)がついてしまったり。なんだか体が太かったり顔もごつくて、どこか怖いような、なんとなく不気味なイメージを持っていた。 そんな私が変わったきっかけは、なんだったろうか。 最近は蛾や一部の虫など、今まで少し苦手だった生き物への興味が出てきて、可愛いなって感じる。 ある日、ドアを開けようとしたら、ちょうど目の前のガラスにぴたりと蛾がくっついていた。 なんとなく近付いてよく見てみた。なんと、その羽の模様が《顔》に見える。 左右の羽が重なる絶妙な匙加減で、なんとも面白く、ちょっと間抜けで、笑っているような人間の顔が浮かび上がっていたのだ。 わああ 私は心の中で感嘆の声を上げた。 ...
1 日前


生きるための三大要素(序章)
寝る、食べる、排泄する。 これは生きるための三大要素、生きるために最低限必要なこと。 私が心身の調子を崩し、闇の中で必死にもがきながらも光を渇望していた頃。 年上の友人に宛てて書いた長い手紙へ、彼女から分厚い返事が届いた。 そこに書かれていた言葉が、大袈裟ではなく、今の私の生きる指針となっている。 ”寝る、食べる、排泄する、それだけでいいのよ。 もし私があなたの母親なら、 あなたと一緒にどこまでも時をさかのぼり、 あなたと一緒にもう一度歩き直したい” 私はあまり人付き合いが得意な方ではないが、数少ない友人の中で、彼女は私にとって特別な存在である。「ご縁とは不思議なもの」である。 そう、肉体が生存し続けるという意味で生きるためには、たった三つがあればいいのだ。あの日の友人の言葉は、今でも私の魂にここちよく響きあい、私の軸となっている。 人は成長する中で、学校や職場などの環境から ”こうすべき” という枠組みを無意識に習得し、知らず知らずがんじがらめになっていく。それに気づかぬまま月日は流れ、糸が絡まって抜け出せなくなったり、病気になっ
2 日前


たまごと餅米
左の手袋に たまごひとつ 右の手袋に 餅米をひとつかみ 両手袋の入り口を持ち 家をでた ばさばさっと スゴイ音 振り返ると 鳩が六羽 一斉に 屋根の上へ 横一列に並び 全員が こちらを見ている 道路に 餅米を少しまいてみた 公園が見えてくると 強い向かい風 公園内は 緑の覆い茂げる やすらぎ 残りの餅米も そっと足元にまいてみた ちょうどよい木 幹めがけて たまごをぶつけた とろりと 黄身が爆ぜた 祈り 先日の 感謝と 明日の 道中の安全と 風が やむ 藤井風の 帰ろう 小さく口ずさむ 涙が とめどなく溢れる ぱらりと 雨粒 涙を拭い Uターンして 歩きはじめた 雀に呼ばれた 餅米は きれいに消えていた 唯一無二の 今日という日 ありきたりの日常のなかで 7月6日 朝のこと
7月18日


スニーカーを洗う
私はかなり頻繁に靴を洗う方だと思う。 毎日同じ靴を履いている場合は、多い時は週に一度、少なくとも二週に一度。 泥だらけになる訳ではないのだけれど、なんとなく、薄汚れているような、足を入れるのが少し躊躇われるような感じになるので、その感覚が出てきたら近いうちに洗うようにしている。 たしか昨年の夏、スニーカーを二足、新調した。一足は靴紐がゴムになっていて、紐を結んだり解いたりしなくても、少し引っ張ればゴムが伸びてそのまま履けるタイプ。すごく便利だ。もう一足は、手軽なランニングシューズ。履き心地と色合いが気に入っている。 購入後は、ゴム紐タイプの靴の履き心地に魅了され、こればかり履いていた。 この新しいスニーカーの前にどんな靴を履いていたのか、思い出そうとしても全く思い浮かばない。おそらく購入後に処分したのだろうと思う。こんな風に、過去を完全に切り離すことができる私の性質。我ながら清々しい。 私にとっての”靴問題”の始まりは、4、5年前。なんとなく靴が汚れているのが居心地悪く、最初は、靴の底をウェットティッシュで拭いたり、さっと靴底だけを水で流していた
7月18日


体に必要なもの 不要なもの
私が食にこだわっていること、例えば肉や魚をあまり食べないとか、鮮度や産地にこだわるとか、肥料や農薬や添加物のない食材を選ぶとか。そういう話をすると ”健康オタク” や ”意識高い系” に捉えられることがある。そして近寄りがたいと感じたり、何か説得されそうな気がしたりして身構える方が、いるのかもしれない、と感じている。 相手の意識や態度が変わるので、なんとなく私もそれを感じ取ってしまう。相手の感じ方や捉え方は自由なので仕方ない。しかし私自身の体感としては、自分は ”健康オタク” や “意識高い系” ではない、と自覚している。 そもそも”健康オタク” とか ”意識高い系”という言葉の、意味やニュアンスは、人それぞれ違うのかもしれない。けれど、おそらく一般的にはこうだろう。 (1)健康にとても強い関心がある。 (2)例えば、高額な健康食品やサプリメントを摂取している。 (3)学術的なエビデンスや権威ある方の発言を、一番大きな根拠としている。 私は、上記のいずれとも、少し違う気がしている。 ひとつひとつ、取り上げてみよう。 (1)健康へのとても強
7月13日


手洗いが楽しい
買ったばかりのリネンの白いシャツ。暑い夏に向けて新調したお気に入り。早朝、外仕事の最中、雨で汚れてしまった。黒い手でシャツの胸の辺りを触ったので、薄汚れている。いつものように中性洗剤を少し溶かした水に浸す。しかし、私は迷わず固形石鹸を引っ張り出していた。そして、少し汚れが浮いてきた頃、私はいつものゴム手袋には目もくれず、素手で汚れた部分に石鹸を擦り付け、両手で揉み洗いを始めていた。 ※洗濯機はこの春の引越しの際に、必要な方へ譲りました。 春に大量のモノを "ギフトシェア" として手放した詳細は、コチラです。 私は、いつもお気に入りの中性洗剤で、ほぼ全ての洗濯をしている。 おしゃれ着洗い用の中性洗剤をいくつか試した。例えばサラサは一年以上使っていた。香りは嫌いじゃないし、使い心地も悪くない。けれど理由は分からない。なんとなく、この洗剤は私には馴染まなかった。 今は、Happy Elephant(水といきものの未来のために)という銘柄の、液体中性洗剤を使っている。ゾウさんが好きなこともあり、また、なんとなく、キャッチフレーズに惹かれて購入し
7月12日


楽園の余波
夢のような 楽園から 現実世界へ 戻ってきた 私の体は ここちよく疲れ ただ 眠りを 渇望している 湯を張り ずぼりと浸かれば 体内に溜まった 泥炭が じゅわじゅわと 溶け出していく 意識が ふと遠のく はっ しまった 衣服をひっかけ 弾丸のように 飛び出した ✳︎ ひだまりの まどろみ もう少し このままで ✳︎ スマホが鳴った これから届けるよ いいの? 助かる 朝露に濡れた テント 蚊取り線香の 匂い 開ききらない 瞼 疲れたとは 一言も漏らさない その深い懐 ✳︎ おいしいカレーに 満たされて ✳︎ いつもの公園 カラスが 一羽 私たちを ぐるり一周し 森へと 帰っていった 虹は 日輪となり 稲妻のような雲を纏い 燃えている ✳︎ 黄昏どき 誰もいない 広いひろい 原っぱの 片隅 弦が震え ギターの妖精たちが キラキラと 踊りはじめる 清らな泉が たゆたい ここちよい 風になる ✳︎ いつもの歌 けれど いつもとは 全く違う 声 楽しくて ああ ただ たのしくて 楽園の波が ギターの音色に 重なり この世界へ 満ちてゆく あの景色が いま
7月3日


龍神さん?【後編】 瑠璃色の蝶とミツバチ
※前編はコチラです。 私は本堂へ向かい、開け放たれた扉の外側で軽くご挨拶をし、そのまま牛馬慰霊碑へ向かった。この慰霊碑がある事は最初はわからなかった。そして見つけたとき、なんだかとても大切なものに思えて、私は必ずこの碑の前で手を合わせている。 その昔、この地に屯田兵が入植し、多くの牛や馬たちが人間とともに、人間のために働いてくれたのだろうと想像している。彼らのおかげで私たちは北海道の地を開拓し、その子孫として、今この地で栄えている。ありがたい。牛さん、馬さんは屯田兵と同じように、大変な苦労を強いられ、ある意味、犠牲となってくれた。この神社のそばには、様々な歴史的な遺物が残っており、開拓に関する記念館まである。おそらくこの地は古くから重要な場所だったのではないかと思う。 牛さん、馬さんのスピリットが安らかに在りますように。 この三次元に生きている牛さん、馬さんたちとも、交流を深められますように。 いつものように感謝と祈りを伝えた。 さて、一通り参拝が終わったところで、私の足はなんとなんとなく裏道から公園へ向かっていた。急な裏階段を上り、公園の敷
7月2日


龍神さん?【前編】神社へ
空が騒がしい。鱗雲が帯のように長く連なり、その帯が、あちらにも、こちらにも、いくつも浮き上がっている。まるで龍の巣。もしかして龍神様? そう言えば10年くらい前だろうか、こういう雲を龍神雲と言うんだよと教えてもらったことがある。なんだか印象深く、それから私も 、あの雲は龍神さんなのかもなあ、と受け止めるようになった。 私は空模様がとても気になって、なんだろなぁとぼんやり、でも確実に意識していた。ことある毎に空を見上げては、雲の行方を確認していた。そしてなんとなく、今日は神社まで足を伸ばそうかという考えが浮かんでいた。 そしてなんとなく、日本酒、と言う考えが浮かび、一度帰宅するとすぐに日本酒を小さなペットボトルに詰め、踵を返した。足は自然と最寄りの神社に向かい、しっかりとした足取りで、前へ前へと進んでいた。 わーっとカラスが二羽飛んできて、頭上の電線に止まり、私にお尻を向けて、かあかあ鳴き始めた。カラスさんは大抵後ろ向きで鳴く。明らかに私に向かって鳴いているように感じられるのだけれど、彼らはシャイなのかしら。稀に真正面を向いて鳴いてくるカラスさんも
6月28日


愛用品 #00 プロローグ
私は昔から新しい物事が好きで、いいなと思ったらすぐに飛びつく癖がある。 面白そう→やってみる、のシナプスが直結している。 たまたま通りがかった気になる店に入ってみたり、旬のイベントに応募したり。 そして、なんて素晴らしい!絶対にまた来よう!と感激するのだけれど、実際は「一期一会」になることが非常に多い。流行に乗るのは得意な方ではない。ただ、過去の行動を振り返ると、その分野においての「第1期生」であることが何度もあった。この特徴は、購買行動についても同様である。 私は ”ここちよい暮らし” を意識的に営み始めてから、自然な形で ”ここちよいモノ” についても探求するようになっていた。 私は元々、興味のある物事への探究心や向上心が強いので、ここちよい暮らしにコミットしたことで、モノ選びにもこだわり始めたのだと思う。 ここちよさの答えは十人十色 どんなモノが身の回りにあるとここちよいのか。 どんな衣類を身に纏い、どんな食べ物を体に取り入れるのか。 それは、どんな選択をし、どんな時間を過ごすのがここちよいのかという、自らへの問い。 ここちよく在るために
6月19日


自然派ミニマリスト
ことの始まり 私が初めて〈自然派ミニマリスト〉という名前を自分に贈ったのは、2022年の春だった。引っ越しの多い私が、今までの人生で最も好きな家に辿り着いた時のこと。不動産のホームページで条件を入れて検索したら、市内で一軒だけがヒット。すぐに内覧して、その足で不動産会社へ。夕方には申込書に記入していた。 大抵は、ホームページで何軒か候補を見つけると、まず実際に自分一人で外観を見に行く。そして良さそうであれば電話連絡をし、内覧へ進む。けれどこの時は、自分で見に行くステップを省略。電話した数時間後に、私は物件の中に居た。 部屋は何もかもが理想通りだった。実はこの家へ辿り着く直前に引っ越したばかり。つまり、私は札幌市近郊のほどよい田舎町に住み始めて、わずか一週間ほどであった。この、ほどよい田舎町のお部屋は、別の意味で理想的だったのだけれど、訳があって急きょ退去する必要に迫られていた。このエピソードは稀有な面白さに満ちているので、いずれ書きたいと思う。 この時点で、すでに話についていけなくなっている方も居ると思うのだけれど、これは背景説明みたいな感じな
6月12日


舞あふるる
目が覚めた。カーテンのない曇りガラスの窓が、うっすらと白んでいる。時計を見ると、4時ちょうど。 最近はこのくらいの時間に、自然と目がさめる。 この前の新月の頃、新しい暮らしに合わせて「朝のルーティン」を見直した。 4時に起床し、散歩へ出かけ、7時から色々な所務に取りかかる。15時にはほぼその日のタスクを終えて、早めの夕食をとり、お風呂に入り、遅くても21時には布団に入る。 ちなみに、実際にやってみると、どうしても寝る時間は22時を過ぎてしまうので、日々体調や気分の変化を記録しながら、今のベストを探している。私の毎日は、小さな実験と検証の繰り返し。今日何をしたらどうなったか、改善するために明日はどうするか。そんな毎日の暮らしのデータを記録し、分析し、次へと繋げていく。私の気質は、研究者か科学者に近いのかもしれない。 * この日も、朝のルーティンを書き出した紙を見ながら、ひとつずつ丁寧にこなし、散歩へ出かけた。 起きた時は曇り空だったのに、今は少し陽が射している。いつものように真っ直ぐ公園へ向かった。左右の足が股関節からリズミカルに前へ出るに任せ、
5月29日


塩で足を洗う
足洗いを始めたのは、いつだったろうか。 記憶の糸をたどると、前の、前の、前の家に住んでいた頃だから、もう四、五年は経つのかもしれない。 私は、とんでもなく引っ越しが多い人間だ。かつて一ヶ月に三回も転居したことがあった。人生で最も目まぐるしく景色が移り変わった大転機。けれどその最後に辿り着いた真っ白い部屋で、私は初めて「自然派ミニマリスト」という言葉を自分に贈った。必要最小限の、大好きなモノだけに囲まれた、あの穏やかで満ち足りた暮らし。 私はいつも、思い立ったら考える前に身体が動いてしまう。とりあえずやってみて、その体験をカラダに馴染ませながら、少しずつ修正を加えて、自分のものにしていく。もし違ったり、興味が薄れたりしたら、アッサリと手放し、次へと歩を進める。その切り替えの速さに、大抵の人は付いて来られなくなるのだけれど、私には、この軽やかさがここちよく、何よりも自分らしいと感じている。 私の帰宅後の儀式、足洗い。それは、外から連れ帰った自分の心身をリセットし、私という個体を保つための、大切な習慣である。 世間一般の、手洗いうがい、という常識を、私
5月22日


あ よもぎ
あ よもぎ ひと月ほど前からずっと心の片隅に棲みついていた、よもぎ。ついに見つけた。 彼らはいつも肩を寄せあい、群れをなして生きている。小さな集落。こんもりとした、イノチの森。私は彼らを驚かせないよう、おもむろに膝を折り、目線を合わせていく。彼らは茎に白くてふわふわな産毛を纏い、大きな葉には朝露をたたえ、はにかむように佇んでいた。 私はそっと右手を伸ばし、天辺を優しく手折(たお)り、匂いを嗅いだ。懐かしいかほりがふわっと漂い、私は深呼吸した。そして森の中へ指先を忍ばせ、茎の太さや状態を確かめる。もう丈の伸びた子も多いので、上部の柔らかい部分を指先ではさみ、微かな手応えで硬さを感じ取る。ありがとうね、私は小さく呟いた。 ゆらり、ゆらりと歩を進めながら、この小径の左へと視線を走らせる。この小径は、川沿いの遊歩道。川沿いといっても、川は朽ち葉色に塗られた柵の下。もし目線ほどもあるこの柵を超えられたとしても、そのすぐ下にはコンクリートの石塀が崖のようになっており、飛び降りるには高すぎる。たとえ飛び降りられたとしても、その下は土砂が溜まって出来たと思われる
5月15日


③めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【お申込み、受け渡し】 小さな私の、小さな試みに興味を持っていただき、ありがとうございます。 ここまで綴ってきて、ふと思うことがありました。 改めて文章にしてみると、いささか大袈裟に、あるいは少し力が入っているように見えてしまうかな、と。 「せっかく公開するなら、ちゃんと書かなくては」「わかりやすく伝えなくては」という、私の生真面目な気質が顔を出していたのかもしれません。 私は、考えるよりも先に言葉や態度が出てしまい、相手の方を驚かせてしまうことが時々あります。「あるがままの自分」を大切にすることと、「好き勝手に振る舞って誰かを傷つけること」は、実は隣り合わせなのかもしれない....。そんな葛藤を抱えながら、それでも誰もがあるがままでいられる、調和した世界を夢見ています。 相手への配慮と、自分を押し殺すことの境界線。 多様な価値観がある中で、発信することへの怖さも、正直に言えばまだあります。 それでも、私の生き方に共鳴し、この実験を一緒に面白がってくださる方に届くことを、心から願っています。 「自分らしく在ること」と「世界と調和すること」.
4月14日


②めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【私の愛用品たち】 よろしければ、受け取っていただけませんか? ギフトシェアとして、私の愛用品をめぐらせる試み。その第一弾リストです。少し分量が多くなりましたが、あちこちページを飛ばずにゆったりと眺めていただけるよう、一つの記事にまとめました。 木の道具たち 日々のリズムを支えた:家電・家具たち 暮らしの隙間を整える:収納・小物たち という三つのジャンルに分けてご紹介します。 まだ写真を上手に添付する方法がわからず、文字だけのご紹介になってしまいましたが、その分、モノたちの特徴や私が好きだった「理由」を、小さなストーリーとして書き添えました。もし少しでも心に触れるものがあれば嬉しいです。 どの子も大切にしてきたので、次の方も気持ちよく使っていただけるのでは、と思っています。何か気になる点があれば、お気軽にお問合せくださいね。 1. 木の道具たち (1) 天然木のテーブル (巾80 × 奥60 × 高73 / 2025年10月購入) helppoシリーズが好きで、このテーブルは特に愛用していました。 届いた当初、脚のネジがうまくはまらず、代
4月14日


①めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【はじまりの物語】 よろしければ、受け取っていただけませんか? 実はこの度、急に引越しが決まりました。 私は昔から、新しい風を感じると居ても立ってもいられずに飛び出してしまうところがあります。これまでの人生では幾度となく住まいを変えてきました。ですが、二年前の怪我をきっかけに「動」のエネルギーが静まり、これでやっとひと所に落ち着けるようになったかな、と安心していたのです。ところが、春分のエネルギーが高まってきた頃、力強い導きによって、ふたたび新天地へといざなわれました。 どうしよう。 もう一人で重たいものは動かせないし、冬眠から目覚めたばかりの体は、まだおぼつかなく頼りない。新しい仕事も始まったばかり。この状況で引越しだなんて、、 私の心はどんよりと曇っていました。 しかも、新居は今の住まいの半分ほどの広さ。大きな家具や家電は、ほとんど手放すことになります。「以前のようにリサイクルサイトへ出品しようかな」と考え、準備を始めました。ですが、なんとなく胸がざわざわして、思うように作業を進められないのです。変な焦り、損得勘定、モノへの執着。自分でも
4月14日


ここちよい日々の調律
ミーナ花音の「ここちよい暮らし」のブログ記事は、 三つのテーマで構成されています。 その三つ目が ここちよい日々の調律 です。 生まれ持った繊細な感覚やユニークな資質に感謝し、 自分を大切に守りながら、 日々の暮らしをここちよく整えるためのメンテナンス・ノートです。 掃除や片付け、心身の浄化や充電のために心がけている習慣など、 カラダとココロを健やかに保つために私が日々実践していることを 「個人の体験談」として綴ります。 時代の変化を敏感に感じとり、 しなやかに乗りこなしていく 私なりの暮らしの作法。 生きづらさに立ち止まらず、 楽しく試行錯誤しながら 日常に少しの工夫を織り込むこと。 うまくいかない日も、 人生を彩るスパイスとして受け止め 軽やかに受け流すこと。 「私というレンズ」を通して見えている世界があります。 それは、もしかしたら、誰かにとって、新しい発見や気づきのキッカケになるかもしれないなあ、と思ったりもします。 ここちよさは人それぞれ。 世界にたった一人のあなたには、あなただけの素敵な方法があるはずです。 それを大前提として、..
4月10日


ひかりの手仕事・祈りの響き
ミーナ花音の「ここちよい暮らし」のブログ記事は、 三つのテーマで構成されています。 その二つ目が ひかりの手仕事・祈りの響き です。 ここは 生かされている恵みに深く感謝し 天地と響き合う 表現の場です 編みもの 素材と呼吸を合わせると 指先のリズムが物語を紡ぎ出す うた 調律されたカラダから自然と溢れ 軽やかに舞いはじめる フラメンコギター 日々の鍛錬に 私のココロの景色を重ねていく 調べ そして 自らの源へと還る旅路 イノチの波にここちよく委ねる 観音舞 いつか羊毛を紡ぎ 野の植物を 自ら摘んで 形にしたい そんな夢を抱きながら 祈るように 創り 歌い 奏で 舞う そんな 私の日常の 小さな煌めきの記録です
4月10日


天地の恵みと めぐり
ミーナ花音の「ここちよい暮らし」のブログ記事は、 三つのテーマで構成されています。 その一つ目が 天地(あめつち)の恵みと めぐり です。 宇宙が奏でるリズムと、大地の息吹。 私たちは、その大きな循環の中に身を置き、生かされている存在です。 ここでは、肥料や農薬を使わずに自然本来の力を活かす「農」や、私たちの心と身体を慈しむ「食」について綴っていきます。 昨今、私が大きな関心を寄せている 自然栽培こと。 土のなかの微生物のこと。 農家さんの取り組み。 この土地で静かに芽吹いている、 地産地消のコミュニティについて。 生きた食べものや水のこと。 地球、太陽や月のリズムとともにある わたしたちの体。 それらを一つひとつ、宝物を集めるように、分かち合えればと思います。 また、 私自身のささやかな挑戦として、 分かち合いのエネルギーをめぐらせる 「ギフトシェア」の実験についても、触れていきたいと思います。 手放すほどに自由になれる、所有を超えた軽やかな繋がり。 机上の空論ではなく、地に足のついた実体験です。 かつて、私の小さな想いは、たとえ花を
4月10日
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