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自然界のデザイン
ああ、なんて素敵なんだろう。 絶妙なデザイン。色使い。 幾何学的な美しさの中から浮かび上がってくる自由画。 * 私は子供の頃から蝶々が好き。 モンシロチョウやアゲハチョウがひらひら舞っているのを見ると、キラキラと心がときめく。 けれど、蛾(ガ)は少し苦手だった。 子供の頃の蛾の思い出は、例えばキャンプ場の街灯の下をバタバタと群れて飛んでいたり、触れる手に鱗粉(りんぷん)がついてしまったり。なんだか体が太かったり顔もごつくて、どこか怖いような、なんとなく不気味なイメージを持っていた。 そんな私が変わったきっかけは、なんだったろうか。 最近は蛾や一部の虫など、今まで少し苦手だった生き物への興味が出てきて、可愛いなって感じる。 ある日、ドアを開けようとしたら、ちょうど目の前のガラスにぴたりと蛾がくっついていた。 なんとなく近付いてよく見てみた。なんと、その羽の模様が《顔》に見える。 左右の羽が重なる絶妙な匙加減で、なんとも面白く、ちょっと間抜けで、笑っているような人間の顔が浮かび上がっていたのだ。 わああ 私は心の中で感嘆の声を上げた。 ...
7月31日


龍神さん?【後編】 瑠璃色の蝶とミツバチ
※前編はコチラです。 私は本堂へ向かい、開け放たれた扉の外側で軽くご挨拶をし、そのまま牛馬慰霊碑へ向かった。この慰霊碑がある事は最初はわからなかった。そして見つけたとき、なんだかとても大切なものに思えて、私は必ずこの碑の前で手を合わせている。 その昔、この地に屯田兵が入植し、多くの牛や馬たちが人間とともに、人間のために働いてくれたのだろうと想像している。彼らのおかげで私たちは北海道の地を開拓し、その子孫として、今この地で栄えている。ありがたい。牛さん、馬さんは屯田兵と同じように、大変な苦労を強いられ、ある意味、犠牲となってくれた。この神社のそばには、様々な歴史的な遺物が残っており、開拓に関する記念館まである。おそらくこの地は古くから重要な場所だったのではないかと思う。 牛さん、馬さんのスピリットが安らかに在りますように。 この三次元に生きている牛さん、馬さんたちとも、交流を深められますように。 いつものように感謝と祈りを伝えた。 さて、一通り参拝が終わったところで、私の足はなんとなんとなく裏道から公園へ向かっていた。急な裏階段を上り、公園の敷
7月2日


龍神さん?【前編】神社へ
空が騒がしい。鱗雲が帯のように長く連なり、その帯が、あちらにも、こちらにも、いくつも浮き上がっている。まるで龍の巣。もしかして龍神様? そう言えば10年くらい前だろうか、こういう雲を龍神雲と言うんだよと教えてもらったことがある。なんだか印象深く、それから私も 、あの雲は龍神さんなのかもなあ、と受け止めるようになった。 私は空模様がとても気になって、なんだろなぁとぼんやり、でも確実に意識していた。ことある毎に空を見上げては、雲の行方を確認していた。そしてなんとなく、今日は神社まで足を伸ばそうかという考えが浮かんでいた。 そしてなんとなく、日本酒、と言う考えが浮かび、一度帰宅するとすぐに日本酒を小さなペットボトルに詰め、踵を返した。足は自然と最寄りの神社に向かい、しっかりとした足取りで、前へ前へと進んでいた。 わーっとカラスが二羽飛んできて、頭上の電線に止まり、私にお尻を向けて、かあかあ鳴き始めた。カラスさんは大抵後ろ向きで鳴く。明らかに私に向かって鳴いているように感じられるのだけれど、彼らはシャイなのかしら。稀に真正面を向いて鳴いてくるカラスさんも
6月28日


あ よもぎ
あ よもぎ ひと月ほど前からずっと心の片隅に棲みついていた、よもぎ。ついに見つけた。 彼らはいつも肩を寄せあい、群れをなして生きている。小さな集落。こんもりとした、イノチの森。私は彼らを驚かせないよう、おもむろに膝を折り、目線を合わせていく。彼らは茎に白くてふわふわな産毛を纏い、大きな葉には朝露をたたえ、はにかむように佇んでいた。 私はそっと右手を伸ばし、天辺を優しく手折(たお)り、匂いを嗅いだ。懐かしいかほりがふわっと漂い、私は深呼吸した。そして森の中へ指先を忍ばせ、茎の太さや状態を確かめる。もう丈の伸びた子も多いので、上部の柔らかい部分を指先ではさみ、微かな手応えで硬さを感じ取る。ありがとうね、私は小さく呟いた。 ゆらり、ゆらりと歩を進めながら、この小径の左へと視線を走らせる。この小径は、川沿いの遊歩道。川沿いといっても、川は朽ち葉色に塗られた柵の下。もし目線ほどもあるこの柵を超えられたとしても、そのすぐ下にはコンクリートの石塀が崖のようになっており、飛び降りるには高すぎる。たとえ飛び降りられたとしても、その下は土砂が溜まって出来たと思われる
5月15日


③めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【お申込み、受け渡し】 小さな私の、小さな試みに興味を持っていただき、ありがとうございます。 ここまで綴ってきて、ふと思うことがありました。 改めて文章にしてみると、いささか大袈裟に、あるいは少し力が入っているように見えてしまうかな、と。 「せっかく公開するなら、ちゃんと書かなくては」「わかりやすく伝えなくては」という、私の生真面目な気質が顔を出していたのかもしれません。 私は、考えるよりも先に言葉や態度が出てしまい、相手の方を驚かせてしまうことが時々あります。「あるがままの自分」を大切にすることと、「好き勝手に振る舞って誰かを傷つけること」は、実は隣り合わせなのかもしれない....。そんな葛藤を抱えながら、それでも誰もがあるがままでいられる、調和した世界を夢見ています。 相手への配慮と、自分を押し殺すことの境界線。 多様な価値観がある中で、発信することへの怖さも、正直に言えばまだあります。 それでも、私の生き方に共鳴し、この実験を一緒に面白がってくださる方に届くことを、心から願っています。 「自分らしく在ること」と「世界と調和すること」.
4月14日


②めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【私の愛用品たち】 よろしければ、受け取っていただけませんか? ギフトシェアとして、私の愛用品をめぐらせる試み。その第一弾リストです。少し分量が多くなりましたが、あちこちページを飛ばずにゆったりと眺めていただけるよう、一つの記事にまとめました。 木の道具たち 日々のリズムを支えた:家電・家具たち 暮らしの隙間を整える:収納・小物たち という三つのジャンルに分けてご紹介します。 まだ写真を上手に添付する方法がわからず、文字だけのご紹介になってしまいましたが、その分、モノたちの特徴や私が好きだった「理由」を、小さなストーリーとして書き添えました。もし少しでも心に触れるものがあれば嬉しいです。 どの子も大切にしてきたので、次の方も気持ちよく使っていただけるのでは、と思っています。何か気になる点があれば、お気軽にお問合せくださいね。 1. 木の道具たち (1) 天然木のテーブル (巾80 × 奥60 × 高73 / 2025年10月購入) helppoシリーズが好きで、このテーブルは特に愛用していました。 届いた当初、脚のネジがうまくはまらず、代
4月14日


①めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【はじまりの物語】 よろしければ、受け取っていただけませんか? 実はこの度、急に引越しが決まりました。 私は昔から、新しい風を感じると居ても立ってもいられずに飛び出してしまうところがあります。これまでの人生では幾度となく住まいを変えてきました。ですが、二年前の怪我をきっかけに「動」のエネルギーが静まり、これでやっとひと所に落ち着けるようになったかな、と安心していたのです。ところが、春分のエネルギーが高まってきた頃、力強い導きによって、ふたたび新天地へといざなわれました。 どうしよう。 もう一人で重たいものは動かせないし、冬眠から目覚めたばかりの体は、まだおぼつかなく頼りない。新しい仕事も始まったばかり。この状況で引越しだなんて、、 私の心はどんよりと曇っていました。 しかも、新居は今の住まいの半分ほどの広さ。大きな家具や家電は、ほとんど手放すことになります。「以前のようにリサイクルサイトへ出品しようかな」と考え、準備を始めました。ですが、なんとなく胸がざわざわして、思うように作業を進められないのです。変な焦り、損得勘定、モノへの執着。自分でも
4月14日


天地の恵みと めぐり
ミーナ花音の「ここちよい暮らし」のブログ記事は、 三つのテーマで構成されています。 その一つ目が 天地(あめつち)の恵みと めぐり です。 宇宙が奏でるリズムと、大地の息吹。 私たちは、その大きな循環の中に身を置き、生かされている存在です。 ここでは、肥料や農薬を使わずに自然本来の力を活かす「農」や、私たちの心と身体を慈しむ「食」について綴っていきます。 昨今、私が大きな関心を寄せている 自然栽培こと。 土のなかの微生物のこと。 農家さんの取り組み。 この土地で静かに芽吹いている、 地産地消のコミュニティについて。 生きた食べものや水のこと。 地球、太陽や月のリズムとともにある わたしたちの体。 それらを一つひとつ、宝物を集めるように、分かち合えればと思います。 また、 私自身のささやかな挑戦として、 分かち合いのエネルギーをめぐらせる 「ギフトシェア」の実験についても、触れていきたいと思います。 手放すほどに自由になれる、所有を超えた軽やかな繋がり。 机上の空論ではなく、地に足のついた実体験です。 かつて、私の小さな想いは、たとえ花を
4月10日
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