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龍神さん?_1 神社へ

  • 1 日前
  • 読了時間: 6分


空が騒がしい。鱗雲が帯のように長く連なり、その帯が、あちらにも、こちらにも、いくつも浮き上がっている。まるで龍の巣。もしかして龍神様?

そう言えば10年くらい前だろうか、こういう雲を龍神雲と言うんだよと教えてもらったことがある。なんだか印象深く、それから私も 、あの雲は龍神さんなのかもなあ、と受け止めるようになった。

私は空模様がとても気になって、なんだろなぁとぼんやり、でも確実に意識していた。ことある毎に空を見上げては、雲の行方を確認していた。そしてなんとなく、今日は神社まで足を伸ばそうかという考えが浮かんでいた。

そしてなんとなく、日本酒、と言う考えが浮かび、一度帰宅するとすぐに日本酒を小さなペットボトルに詰め、踵を返した。足は自然と最寄りの神社に向かい、しっかりとした足取りで、前へ前へと進んでいた。

わーっとカラスが二羽飛んできて、頭上の電線に止まり、私にお尻を向けて、かあかあ鳴き始めた。カラスさんは大抵後ろ向きで鳴く。明らかに私に向かって鳴いているように感じられるのだけれど、彼らはシャイなのかしら。稀に真正面を向いて鳴いてくるカラスさんもいるけれど。1羽目は、体を上下に動かしながら鳴き、さらに右手からもう一羽が加わる直前に、サッと飛び立って、左向こうのマンションの上に止まった。続いて二羽目も同じところへ飛んで行った。この二羽はつがいなのかもしれない。

私は大のカラス好き。カラスさんには、いつも大きく手を振ってアピールする。勝手に、カラスさんはみんなお友達だと思っている。けれど今日は、朝散歩のおじさんが右向こうからこちらへ歩いてくるのが目の端に映ったので、少しはばかられ、ただ愛おしく眺めていた。そしておじさんが通り過ぎた後、私は周りの目がないのを確認し、大きく大きく手を振った。マンションのカラスたちに見えていることを期待して。

私は改めて、方向を正し、歩き始めた。この信号で曲がれば公園の入り口へ、真っ直ぐ行けば神社の入り口へ。私はいつもここで自分の体に問いかける。公園と神社は裏道で繋がっているので、どちらへ進んでも目的地には着けるのだけれど、今日はどちらの道で行くといいかは、体さんが知っている。

今日は真っ直ぐ神社へ行く方が良さそう。そこで私は信号を渡って直進した。急な階段を登り切ると、鳥居がある。神社に着いた。いつもは閉まっている本堂の扉は、大きく開け放たれていた。急に右側から強い風が吹いてきた。私はそちらに気を取られ、道を外れて草むらに分け入った。ごおっと吹き抜ける突風に、私はなんとなく、歓迎されているなと感じた。

龍神さん、つまり自然神。かな、と私は捉えている。 自然の神様は、どんな形で私たちと繋がっているんだろう。 どんな風に私たちにメッセージを伝えてくるのだろう。 自然の万物と心を通わせることができたら素敵。 私たち人間も、自然の一部。 風も、雲の様子も、おひさまも。 そして植物、虫、動物たち。 みんな自然だ。みんな自然の一部だ。 もしかしたら 季節の移り変わりも、 土地や空間に染み込んでいる歴史も、 自然の一部、なのかもしれない。

(※この御神木は、物語の中の御神木ではありません)


御神木が、目に飛び込んできた。 本堂の脇、少し奥まったところにひっそりと佇んでいる。 私はこの御神木の銀杏が大好きで、ここへ来ると必ず近寄って、芽吹いたばかりの葉っぱたちを愛でていた。一時期は毎朝通っていたので、日に日に成長する葉っぱたちをじっくりと観察し、こんな風に生えていたんだ!という発見に心ときめいていた。そして、葉っぱたちと、すっくと天へ伸びる御姿を十分に堪能してから、最後に太い幹を触らせてもらう。

私は持っていたペットボトルのキャップを開けて、幹の根元に少しまいた。御神木を捧げたつもりが、おっと、水だった。そう、私はペットボトルを2つ持っていた。水を飲みながら来たので、手に持っていたのは水のほう。慌ててジャンパーの大きな左ポケットから小ぶりのペットボトルを取り出し、木の裏側へ回り、今度は確実に日本酒をまいた。

かつて私が「アイヌの交易船・イタオマチプ」の製作に携わっていた時のこと。 今から五年ほど前の話。 アイヌの親方は、飲んだコーヒーを、必ず少し土にまき、大地も喉が渇いているからと言っていた。何か食べる時も、残った分は土にまく。私はアイヌを始め、少数民族は、自然にとても近い存在だと感じている。自然とともに生き、還っていく。自然界の循環の中に、違和感なく溶け込んでいる有り様は、むしろ"自然そのもの"ではないかしら、という感覚を、まるで陽だまりのように、私に与えてくれる。

親方は、毎日のコーヒータイム、つまり休憩時間に、様々なアイヌの逸話を語ってくれた。そのユーモアと躍動感あふれる世界に、私たちは自然と惹き込まれた。私は毎日親方の物語を聞くのが楽しみで、食い入るように聞き入り、そして何度も泣いた。 親方の言葉、ひとつひとつ。少しずつ薄れていく記憶を手繰り寄せる。 豪快な笑い声。まっすぐな眼差し。お茶目な表情。

そして、あの仕事で、仲間と共に過ごし、分かち合った時間。 大切な、大切な宝物。

この、日本酒をまく、という作法は、もしかしたら親方譲りかもしれない、とも思う。最近私は、親方が私たち全員に配ってくれた、アイヌのことが書かれた文庫本を、急に読みたくなって、失礼ながら今まで読んでいなかったのだけれど、少しずつ読み進めている。そして、自然界へのお礼の気持ちが湧き上がってきた時には、アイヌの作法で両手を動かしながら、イヤイライケレー(アイヌ語で、ありがとうの意)と言うようになった。そうすることが、なんだかとてもしっくりと体に馴染むのだ。

私たち和人の文化にも、例えば御神酒を捧げたり、正月に御神酒をいただいたりする風習がある。これは神道の習慣なのかな。私は宗教には疎くてよくわからないけれど、日本人の暮らしの営みの中に、日本酒というものは、身近なもの或いは神聖なものとして、深く根付いているように思う。

そんな事はさておき、私は日本酒をまいた後、いつものように大木に手を添え、心の中で神様に感謝を伝えた。

生かされているこのイノチ。 多くの存在たちに見守られ、日々安全に暮らすことができています。 この人生を与えてくださり、ありがとうございます。

どうか、イキイキと生きていけますように。 私の存在が、世界のために、何かお役に立てますように。 そして、みなさんと共に歩んでゆけますよう、お導きください。

ーーーーーー 「龍神さん?_2 瑠璃色の蝶」へ続く。

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