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自然界のデザイン

7月31日
読了時間: 4分

更新日:8月17日

ああ、なんて素敵なんだろう。 絶妙なデザイン。色使い。 幾何学的な美しさの中から浮かび上がってくる自由画。

* 私は子供の頃から蝶々が好き。 モンシロチョウやアゲハチョウがひらひら舞っているのを見ると、キラキラと心がときめく。

けれど、蛾(ガ)は少し苦手だった。

子供の頃の蛾の思い出は、例えばキャンプ場の街灯の下をバタバタと群れて飛んでいたり、触れる手に鱗粉(りんぷん)がついてしまったり。なんだか体が太かったり顔もごつくて、どこか怖いような、なんとなく不気味なイメージを持っていた。

そんな私が変わったきっかけは、なんだったろうか。

最近は蛾や一部の虫など、今まで少し苦手だった生き物への興味が出てきて、可愛いなって感じる。

ある日、ドアを開けようとしたら、ちょうど目の前のガラスにぴたりと蛾がくっついていた。

なんとなく近付いてよく見てみた。なんと、その羽の模様が《顔》に見える。

左右の羽が重なる絶妙な匙加減で、なんとも面白く、ちょっと間抜けで、笑っているような人間の顔が浮かび上がっていたのだ。 わああ 私は心の中で感嘆の声を上げた。 別の日、似たような蛾が、同じようにドアのガラスに張り付いていた。 今度はなんと全く違う感じの《顔》だった! わあああっと、私の体から声が飛び出してきた。


どうしてこんな模様になっているんだろう?

不思議でたまらない。

以来、私は蛾の羽の模様に注目するようになった。

すると、まるで私に見てもらうのを待っていたかのように、ドアのガラスの、ちょうど私の目の高さのところにちょこんと張り付いている場面に出くわすことが増えた。

すごいなぁ。神様はなんて素敵な遊びをされるのだろう。本当にユーモアがあるなぁ。

ただただ嬉しくて、心が躍った。

*

この模様ができたのは、単なる偶然なのだろうか。

進化の過程で、自分の羽の模様が偶然《人間の顔》になるなんて、そんなことってある?

テントウムシだってそうだ。羽が閉じたときに、どうしてあんなにもぴったりと綺麗な七つの星が浮かび上がるのだろう?

シマウマの美しい縞模様はどうして?

キリンの幾何学的な模様は、どうしてあんな風になったの?

生き延びるためだけに、あの模様が必要だったとは考えにくい。 宗教という枠組みを超えて、大いなる宇宙に存在する神様がお創りになったに違いない。

その美しさやユーモアに、私はただただ心を魅了される。

動物も、植物も、虫も、鳥も。 美しいなあ この自然界に存在する、あらゆるもののデザインに、深く心を奪われてしまう。


*


そして今朝、またドアに蛾が張り付いていた。

じっと見つめると、今度はどこかおっとりとした、優しい顔に見えた。


……いや、これははっきりとした顔というより、少し “上級者向け” の見え方かもしれない。“上級者” だなんて勝手に私が言っているけれど、そう見ようとすれば見えてくるし、気にしなければ、なんの変哲もない、ただの模様に見える。そんな絶妙な塩梅(あんばい)

私にはその優しい顔が見えて、朝からほっと心が和んだ。

世界はきっと、自分が見たいように見ているのだと思う。

気持ち悪いと捉える人もいれば、面白いと愉しむ人もいる。

同じものを見ているはずなのに、見え方が違う。感じ方が違う。だから、生きている世界そのものが違ってくる。

だとしたら、世界は自分が描くように創っていけるのかもしれない。

そこに、大きな希望があるんじゃないかな

◇

最後に今日出会った蛾の写真を載せようかとも思ったけれど、虫が苦手な人もいるかもしれない。

人はそれぞれ、自分の心の中で自由なイメージを描いて楽しむほうが幸せなこともある。だから、あえて写真は載せないでおくことにする。

今日も、明日も、これから先もずっと、 私は、私が見たい美しい景色を、心の中に思い描き続けよう。 見えた美しい景色を、喜び続けよう。 いつも心の中に素敵な花を咲かせていよう。

今日もありがとう。 良い一日を。

2026年7月30日 今朝のこと

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