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生きるための三大要素(第一章・前編)私の睡眠リズム

  • 5 日前
  • 読了時間: 9分

私の平均睡眠時間

寝ること。

人が生きるための三大要素の中で、私はこれが最も大切なことだと感じている。


ここには夜の睡眠だけでなく、日中の小さな仮眠や、体と心をそっと休めるすべての時間を含めたい。


私の睡眠リズムは少し特殊で、今までの人生を振り返ってみても、決して一定ではない。基本的には夜の決まった時間帯に6時間から9時間ほど眠るのだが、そこに大きな季節の波が重なってくる。


季節性躁鬱のような波とともに

過去に季節性躁鬱のような状態を発症し、近年もそれに近い波がちらほらと現れることがある。振り返ると、2009年から2017年頃までが特に顕著だった。もちろん、その影響は睡眠リズムにもダイレクトに及んでいた。当時は、夏場になると睡眠時間が3〜4時間に縮み、冬場になると9〜13時間も眠り続けるような日々だった。


2017年頃から2019年3月までは東京に拠点を移し、夏も冬もさほど変わらずに過ごしていたように記憶している。ただ、当時は毎日を生きることに必死で、正直あまり詳しい記憶がない。そして2019年3月、父の病気をきっかけに札幌へ戻り、怒涛のような5ヶ月間を迎えることになった。睡眠時間を満足に確保できず、常に交感神経が優位に立ち続けていたため、心身のバランスが再び崩れてしまったのだと思う。


父を見送り、生活が一変した翌年、世界はコロナ禍に入った。外出が制限されたことで、皮肉にも静かに自分と向き合う時間が生まれた。


その頃から少しずつ自分の状態を客観的に自覚し、具体的になだめる術を試し始めた。この特質を排除するのではなく、人生を豊かにするための個性として活かし始めたのだ。近年でもその波自体は巡ってくるが、大きく崩れることはなくなり、上手に付き合えるようになってきた。今ではむしろ、この波があるおかげで、以前よりも自分に優しく良い状態をキープできていると感じるほどだ。


ここで、私に訪れる季節性躁鬱とはどのような感覚なのか、少し書き残しておきたい。


夏は、眠るのがもったいないほど日中の活動が充実する。頭は冴え渡り、体もキビキビと軽やかに動く。あれもやりたい、これも試したいとアイデアが泉のように湧き出し、社交的になってよく喋り、よく笑う。眠くなれば短時間だけ仮眠をとり、早めに寝て夜中に目が覚めても、すっきりしていればそのまま活動を開始する。直感と感覚の赴くまま、すべてがうまく回っているような感覚だ。


一方、冬になると一転して冬眠状態に入る。日中もウトウトと過ごすことが増え、いつ寝ていつ起きているのか分からないまま、ボーッと一日が過ぎていく。最低限の予定はこなすものの、とにかく体を休めたい衝動が強く、活動を最小限に抑えてひたすら横になっている。


かつての私は、夏にエネルギーを使い果たして疲れを限界まで溜め込み、ある日限界を迎えて1週間ほど寝込み、そのまま冬の深い眠りへと突入していた。ひたすら眠り続けると、脳も身体も徐々に衰え、食事もおろそかになって栄養不足に陥る。その結果、気力まで落ちて何もできなくなるという悪循環にハマっていたのだと思う。


一度悪化すると自分ではどうにもできず、ただ春の訪れを待つしかなかった。自然界のエネルギーが高まる時期に合わせて、心身が再び動き出すのをじっと待つ。


見方によっては、完全燃焼したあとに自然の回復を待つという、非常にナチュラルなリズムなのかもしれない。しかし燃え尽きている間は自責の念も強く、なかなか辛い時期でもあった。けれどその時間があったからこそ、大丈夫、大丈夫と自分を労わり、とことん優しく守り抜く術を身につけられたのだと思う。


自然のリズムと呼応する身体

季節を重ねるうちに、面白くも不思議な変化が訪れた。夏と冬の睡眠リズムが切り替わる瞬間を、かなり正確に察知できるようになったのだ。


秋は秋分を過ぎた頃から少しずつ勢いが落ち着き、10月中旬から11月にかけてのある日、カチンと冬のモードへ切り替わる。そして春は2月の立春を過ぎた頃から身体がゆっくりと目を覚まし、春分を越えたある日にカチンと切り替わり、ぐんぐん元気が湧いてくる。身体の活力を追いかけるようにして、心も軽やかになっていく。


幼い頃から空ばかり眺めて育った私は、太陽と深いところでつながっているのかもしれない。日照時間の長短が身体にどれほど大きな影響を与えているか、身をもって実感している。


2016年春の大舞台を終えた頃から、私は自分独自の世界を創り始めるようになった。依頼される仕事から距離を置き、自分の感覚を道しるべにして活動を選ぶようになった時期だ。自然のサイクルに沿った暮らしへシフトし、自分らしい生き方を模索し始めたことが、身体に眠っていた "自然と呼応する感覚" を呼び覚ましてくれたのだと感じている。



自分なりの対応策と付き合い方

医師の診断を受けたわけではないが、ここでは分かりやすく季節性躁鬱という言葉を使い続けたいと思う。


静かに内観する時間が増える中で、ふと、自分は毎年同じパターンを繰り返している、と気づいた。気分爽快な夏と、どん底を感じる冬。この極端なアップダウンをどうにか和らげられないかと、過去の自分を観察し、分析を重ねてみた。


行き着いた結論は、"今の自分の状態を、いつも少し離れた場所から冷静に見つめる余裕を持つこと" だった。


活動的になる時期はクリエイティビティが高まるため、以前は、このままでは倒れると分かっていても止まることができなかった。限界まで走り抜け、案の定倒れてしまう。


その負のスパイラルを断ち切るために必要なのは、気づいた瞬間にあえて立ち止まる勇気だった。そのためには、もっと作品を生み出したい、という欲を手放す必要があったし、その根底にある、誰かに認められたい、という承認欲求を手放す必要があった。


今のままの私で、十分に素晴らしい。何かを成し遂げられなくてもいいし、アイデアが浮かばなくてもいい。ただダラダラ過ごす日があってもいい。あるがままの自分をまるごと受け入れ、愛することから始めた。


また、静かになる冬の時期には、しっかりと休みつつも、心身の機能を落としすぎない小さな工夫を取り入れた。


眠い時は素直に眠り、ボーッとしたい時は無理をしない。けれど、どちらでもいいような時間には「ほんの少しだけ身体を動かすこと」を意識した(これについては大切なテーマなので、後日詳しく触れたいと思う)。


もうひとつは「きちんと食事をとること」。これについても、第二章で詳しく紐解いていくつもりだ。


極端な高低差を作らない工夫を重ねることで、症状は少しずつ穏やかになり、自分の波をコントロールできるようになってきた。コントロールというと少しおこがましいかもしれない。身体の声に耳を傾け、今日はどうしようか、と対話をしながら、身体に協力してもらうような感覚に近い。


創作のスイッチと睡眠

もうひとつ興味深いのは、クリエイティブな世界に没頭すると、私の睡眠リズムが一気に崩れるということだ。


2013年、初めてチェコへ渡り3ヶ月間滞在した時のこと。5月下旬から8月下旬にかけて、私の睡眠時間は連日3〜4時間ほどだった。慣れない海外生活で頭をフル回転させながら、毎日あちこちを歩き回っていたため、常に慢性的な睡眠不足だった。移動中のバスの中や劇場の客席で爆睡してしまうことも度々あった。


帰国後はすぐに新しい舞台作品の創作が始まり、その後も次々と作品を生み出し続けたため、その年は冬になっても短い睡眠時間が続いていたように思う。


創作が始まるとどうしても熱が入り、昼夜を問わず閃きのままに動き続けてしまう。そうなると睡眠はもちろん、食事のタイミングまで支障をきたす。分刻みのスケジュールの中では、寝られる時に寝て、食べられる時に食べておく、という状態になり、気づけば一日何も食べていなかったり、眠るのを忘れていたりするのだ。


今年2026年の春、新しい土地で新たな暮らしが始まった。それ以来、私の中で再びクリエイティブなスイッチが入っているのを感じている。けれど今の私は、過去の経験から学んでいる。冷静に自分を見つめ、心身と住空間を整える時間を何よりも優先しているため、極端な状態に振り切れることはなくなった。


もっとやりたい、まだ走れるのに、という歯痒さが顔を出すこともある。

けれど、そんな時こそ、そっと自分に問いかけるのだ。


何のために、私はこれをやりたいのだろう?

二十四時間という限られた時間と、体力の揺らぎの中で、

今、一番優先したいものは何だろう?


問いかけるたび、答えは変わる。誰かとの約束を守ること以上に、今の自分を守ることが大切だ、という結論に至ることもある。


時には少し背伸びをしてみたり、無理をしたあとにたっぷり休んだり、その時々のケースバイケースでいい。ガチガチのルーティンで縛ってしまうと、自らを小さな枠に押し込め、かえって不自由になってしまう。


決まった形にとらわれず、いつも "ここちよいゆらぎ" を感じていること。その揺らぎの中で、しなやかに曲がり、またしなやかに戻っていく。そんな自分を感じられる状態こそが、今の私にとってのベストなのだと思う。


現在の睡眠について

最後に、ここ1〜2ヶ月の私の睡眠について、ささやかな覚書として記しておきたい。


実は十日ほど前まで、少し深刻な睡眠障害に悩まされていた。とにかく夜、眠れないのだ。安眠に良いとされるあらゆる方法を試し、市販のアミノ酸サプリメントまで取り入れてみたが、効果はなかった。長く眠れても3時間、普段は1〜2時間ほどで身体の苦しさから目が覚めてしまう。胸のざわつきや激しい腰痛、下半身の不快感に苛まれ、グラウンディングをして心を落ち着かせても、一度目が覚めると再入眠ができない。日付が変わる前から目が冴えてしまう日々が続いていた。


けれど、過去に何度も睡眠リズムの荒波を経験してきたおかげで、さほど慌てることはなかった。ジタバタしても仕方ない、と割り切り、眠れない夜は起きている時間を穏やかに過ごすことに全力を注いだ。


深夜のため近所に配慮しながら静かに部屋を片付けたり、好きな音楽に耳を傾けたり、心惹かれる料理を作って味わったり。何よりも自分が穏やかでここちよくいられることを最優先にした。ダラダラ過ごすのも心地よく、頭が冴えている時には文章を綴ることもあった。ただ一番多かったのは、部屋の掃除や整理整頓だったように思う。


夜中の片付けはとても捗る。黙々と集中できるうえに頭を使いすぎず、終わったあとには確かな達成感がある。おかげで今、我が家は隅々までスッキリと整い、心からくつろげる空間に仕上がっている。


最近は相変わらず短時間で目が覚めてしまうものの、身体の不快感は和らぎ、なんとか動けるレベルに落ち着いてきた。グラウンディングのあとに再び眠りにつける時間も増え、そのことが本当にありがたい。長く眠れた日でも嫌な夢を見てスッキリしないことはあるが、それでも身体は以前より休まっていると感じる。


夜間に6時間ほどまとまって眠れると、日中に無理な昼寝をしなくても元気に過ごせる日が増えた。以前は夕方の早い時間に横になり、そのまま2〜3時間眠ってしまって夜に眠れなくなる悪循環があったが、そうしたサイクルが激減したのは嬉しい変化だ。


これから先、自分の身体がどう変化していくかは分からない。けれど、どんな時もその瞬間のベストを尽くし、波に身をまかせるようにおおらかに構えていようと思っている。

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