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手洗いが楽しい

  • 1 日前
  • 読了時間: 5分

更新日:1 時間前

買ったばかりのリネンの白いシャツ。暑い夏に向けて新調したお気に入り。早朝、外仕事の最中、雨で汚れてしまった。黒い手でシャツの胸の辺りを触ったので、薄汚れている。いつものように中性洗剤を少し溶かした水に浸す。しかし、私は迷わず固形石鹸を引っ張り出していた。そして、少し汚れが浮いてきた頃、私はいつものゴム手袋には目もくれず、素手で汚れた部分に石鹸を擦り付け、両手で揉み洗いを始めていた。  ※洗濯機はこの春の引越しの際に、必要な方へ譲りました。   春に大量のモノを "ギフトシェア" として手放した詳細は、コチラです。


私は、いつもお気に入りの中性洗剤で、ほぼ全ての洗濯をしている。 おしゃれ着洗い用の中性洗剤をいくつか試した。例えばサラサは一年以上使っていた。香りは嫌いじゃないし、使い心地も悪くない。けれど理由は分からない。なんとなく、この洗剤は私には馴染まなかった。 今は、Happy Elephant(水といきものの未来のために)という銘柄の、液体中性洗剤を使っている。ゾウさんが好きなこともあり、また、なんとなく、キャッチフレーズに惹かれて購入した。 すごくカラダにフィットする感じがした。深呼吸したくなる香り、洗剤水に手を入れた時のやわらかい感覚、洗い終えた洗濯物のやさしい状態、どれもここちよい。もう一年以上、コレ一択。 "ゾウさんがしあわせなら、きっと人もしあわせ" というキャッチフレーズが好き。 ゾウさんが中心となり、生き物たちや植物がその周りに描かれた、丸いロゴのデザインも好き。 ボトルのグリーンの色合いと透け感も好き。 ボトルの大きさ、細さも好き。 購入後に、裏の但し書きをよく読んで、さらにキュンときた。 "排水後は微生物によって分解され、すばやく地球に還ります" ああ、こういうのいいなって、素直に思えた。


ところが、これを買ったのは、たまたま通りかかったスーパーなので、結構遠い。地下鉄に30分以上乗らなければならず、片道一時間近くかかる。なのでたまに行く時は、詰め替え用の袋を2つ買うようにしていた。 が、そのうち、この洗剤への執着(強い想い)は手放そう、無くなったらどうしようという不安も手放そう、と思い立ち、毎度、今必要な1袋しか買わなくなった。 そうしたら、最近、石鹸いいね、という気持ちが出てきた。ただ、石鹸は、石鹸カスが残るとカビる、といった前情報をキャッチしてしまい、カビたらヤダなあ、なーんて、使う前から考えてしまう、私のアタマさんがいた。しかも石鹸といっても種類が多く、ナチュラルなものを選ぶにしても選択肢がありすぎる。そこで、ずっと気になりつつ、購入せずに、気にすることも手放し、放置していた。


とりあえず、結構前に手洗い用として買ったEM石鹸がある。数年で数回しか使わなかったので処分しようかと思っていたのだけれど、なんとなく躊躇ったため、捨てずにあった。 —---------- 余談。 私は、使わないとどんどん処分してしまうのに、なぜか躊躇って、捨てないものがある。そういう微細な違和感、居心地の悪い空気感を、私は大事にしている。こういう感覚は、アタマではなく、カラダやココロから出ているサインかな、と受け止めている。そこで、あえて捨てずに、どうなるか様子を見る。そうすると必ず、何か次の出番がやってきて、頻繁に使うようになるのだから不思議だ。


例えば、捨てなかった衣類一式は、全て畑や外仕事用として、最近は大活躍。 他には、捨てなかった豆腐の容器。プラスチック製の、小さな丸い白い容器が3つ。 1つ目は、初めての水耕栽培の発芽時に使用した。これまた捨てずにあったガラス容器にシンデレラフィットしたため、プラスチック容器の底にいくつか穴をあけ、切り込みを入れたスポンジを容器にはめ込み、種を植えた。そしてガラス容器に水を入れ、スポンジの底が常時水に浸るようにセットした。この活用方法に、私は大満足だった。

2つ目は、台所のちょっとした生ゴミ置き場になり、その後、重曹を入れる容器として、今では毎日大活躍。サイズ感、色、素材、全てがここちよい。 3つ目は、収納棚の中で出番を待っている。

—---------- EM石鹸はカラダ用ではあるけれど、まあいいやと、今までも何度か洗濯に使っていた。たしか「スニーカーを洗う」時に何度か使った。スニーカーに中性洗剤は似合わない、やっぱり石鹸でしょ。この感覚、きっと私だけではないよね。


石鹸の使用頻度は滅多にないので、お気に入りのケースに入れて、洗面所下の収納の奥の方にしまってある。それを今回迷わず引っ張り出してきて、リネンのシャツに擦り付けたのだ。


石鹸の白い泡がモコモコと現れ、汚れは気持ちよく落ちる。袖の入口とか、襟元にも石鹸を擦りつけ、丁寧にもみ洗い。時々水に流して生地をピンと引っ張り、汚れが全部落ちたかどうかを確認する、この作業がここちよい。ちょっと、ウキッとなった。


なんだろな、この気持ち。

黙々と洗濯をしている時間は、まるで一種の瞑想のよう。そういえば以前、海外に滞在している間は毎晩日記を書くという方がいて、日記を書くのは瞑想みたいな感じ、と仰っていた。 人それぞれ、心を整える方法は違う。私の場合、実は洗濯や掃除、料理といった家事全般が、自分を整えるための、大切な時間なのかもしれない。 タライに水をたっぷり入れて、揉み洗いするようにすすぐ。水を変え、また同じようにすすぐことを何度か繰り返すと、水はもう澄んでいる。両手で軽く捻りしぼり、ハンガーにかけて、浴室上部の棒にかける。そして、裾を引っ張ったり、叩いたりしてシワを伸ばす。シャツは早速、ダチダチと水を落とし始めた。 スッキリと白くなった心で、私は台所へ向かった。



2026年7月 ある朝のこと。

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