

自然派ミニマリスト
ことの始まり 私が初めて〈自然派ミニマリスト〉という名前を自分に贈ったのは、2022年の春だった。引っ越しの多い私が、今までの人生で最も好きな家に辿り着いた時のこと。不動産のホームページで条件を入れて検索したら、市内で一軒だけがヒットし、その日のうちに内覧をして、その足で不動産会社へ行って申込書に記入した。 大抵は、ホームページで何軒か候補を見つけると、まず実際に自分一人で外観を見に行く。そして良さそうであれば電話連絡をし、内覧へ進む。けれどこの時は、自分で見に行くステップを省略し、電話連絡をした数時間後には内覧していた。 部屋は何もかもが理想通りだった。実はこの家へ辿り着く直前に引っ越したばかり。つまり、私は札幌市近郊のほどよい田舎町に住み始めて、わずか一週間ほどであった。この、ほどよい田舎町のお部屋は、別の意味で理想的だったのだけれど、訳があって急きょ退去する必要に迫られていた。このエピソードは稀有な面白さに満ちているので、いずれ書きたいと思う。 この時点で、すでに話についていけなくなっている方も居ると思うのだけれど、これは背景説明みたいな
11 時間前


舞あふるる
目が覚めた。カーテンのない曇りガラスの窓が、うっすらと白んでいる。時計を見ると、4時ちょうど。 最近はこのくらいの時間に、自然と目がさめる。 この前の新月の頃、新しい暮らしに合わせて「朝のルーティン」を見直した。 4時に起床し、散歩へ出かけ、7時から色々な所務に取りかかる。15時にはほぼその日のタスクを終えて、早めの夕食をとり、お風呂に入り、遅くても21時には布団に入る。 ちなみに、実際にやってみると、どうしても寝る時間は22時を過ぎてしまうので、日々体調や気分の変化を記録しながら、今のベストを探している。私の毎日は、小さな実験と検証の繰り返し。今日何をしたらどうなったか、改善するために明日はどうするか。そんな毎日の暮らしのデータを記録し、分析し、次へと繋げていく。私の気質は、研究者か科学者に近いのかもしれない。 * この日も、朝のルーティンを書き出した紙を見ながら、ひとつずつ丁寧にこなし、散歩へ出かけた。 起きた時は曇り空だったのに、今は少し陽が射している。いつものように真っ直ぐ公園へ向かった。左右の足が股関節からリズミカルに前へ出るに任せ、
5月29日


塩で足を洗う
足洗いを始めたのは、いつだったろうか。 記憶の糸をたどると、前の、前の、前の家に住んでいた頃だから、もう四、五年は経つのかもしれない。 私は、とんでもなく引っ越しが多い人間だ。かつて一ヶ月に三回も転居したことがあった。人生で最も目まぐるしく景色が移り変わった大転機。けれどその最後に辿り着いた真っ白い部屋で、私は初めて「自然派ミニマリスト」という言葉を自分に贈った。必要最小限の、大好きなモノだけに囲まれた、あの穏やかで満ち足りた暮らし。 私はいつも、思い立ったら考える前に身体が動いてしまう。とりあえずやってみて、その体験をカラダに馴染ませながら、少しずつ修正を加えて、自分のものにしていく。もし違ったり、興味が薄れたりしたら、アッサリと手放し、次へと歩を進める。その切り替えの速さに、大抵の人は付いて来られなくなるのだけれど、私には、この軽やかさがここちよく、何よりも自分らしいと感じている。 私の帰宅後の儀式、足洗い。それは、外から連れ帰った自分の心身をリセットし、私という個体を保つための、大切な習慣である。 世間一般の、手洗いうがい、という常識を、私
5月22日




