

塩で足を洗う
足洗いを始めたのは、いつだったろうか。 記憶の糸をたどると、前の、前の、前の家に住んでいた頃だから、もう四、五年は経つのかもしれない。 私は、とんでもなく引っ越しが多い人間だ。かつて一ヶ月に三回も転居したことがあった。人生で最も目まぐるしく景色が移り変わった大転機。けれどその最後に辿り着いた真っ白い部屋で、私は初めて「自然派ミニマリスト」という言葉を自分に贈った。必要最小限の、大好きなモノだけに囲まれた、あの穏やかで満ち足りた暮らし。 私はいつも、思い立ったら考える前に身体が動いてしまう。とりあえずやってみて、その体験をカラダに馴染ませながら、少しずつ修正を加えて、自分のものにしていく。もし違ったり、興味が薄れたりしたら、アッサリと手放し、次へと歩を進める。その切り替えの速さに、大抵の人は付いて来られなくなるのだけれど、私には、この軽やかさがここちよく、何よりも自分らしいと感じている。 私の帰宅後の儀式、足洗い。それは、外から連れ帰った自分の心身をリセットし、私という個体を保つための、大切な習慣である。 世間一般の、手洗いうがい、という常識を、私
19 時間前


あ よもぎ
あ よもぎ ひと月ほど前からずっと心の片隅に棲みついていた、よもぎ。ついに見つけた。 彼らはいつも肩を寄せあい、群れをなして生きている。小さな集落。こんもりとした、イノチの森。私は彼らを驚かせないよう、おもむろに膝を折り、目線を合わせていく。彼らは茎に白くてふわふわな産毛を纏い、大きな葉には朝露をたたえ、はにかむように佇んでいた。 私はそっと右手を伸ばし、天辺を優しく手折(たお)り、匂いを嗅いだ。懐かしいかほりがふわっと漂い、私は深呼吸した。そして森の中へ指先を忍ばせ、茎の太さや状態を確かめる。もう丈の伸びた子も多いので、上部の柔らかい部分を指先ではさみ、微かな手応えで硬さを感じ取る。ありがとうね、私は小さく呟いた。 ゆらり、ゆらりと歩を進めながら、この小径の左へと視線を走らせる。この小径は、川沿いの遊歩道。川沿いといっても、川は朽ち葉色に塗られた柵の下。もし目線ほどもあるこの柵を超えられたとしても、そのすぐ下にはコンクリートの石塀が崖のようになっており、飛び降りるには高すぎる。たとえ飛び降りられたとしても、その下は土砂が溜まって出来たと思われる
5月15日


③めぐりゆく、ここちよい贈りもの
【お申込み、受け渡し】 小さな私の、小さな試みに興味を持っていただき、ありがとうございます。 ここまで綴ってきて、ふと思うことがありました。 改めて文章にしてみると、いささか大袈裟に、あるいは少し力が入っているように見えてしまうかな、と。 「せっかく公開するなら、ちゃんと書かなくては」「わかりやすく伝えなくては」という、私の生真面目な気質が顔を出していたのかもしれません。 私は、考えるよりも先に言葉や態度が出てしまい、相手の方を驚かせてしまうことが時々あります。「あるがままの自分」を大切にすることと、「好き勝手に振る舞って誰かを傷つけること」は、実は隣り合わせなのかもしれない....。そんな葛藤を抱えながら、それでも誰もがあるがままでいられる、調和した世界を夢見ています。 相手への配慮と、自分を押し殺すことの境界線。 多様な価値観がある中で、発信することへの怖さも、正直に言えばまだあります。 それでも、私の生き方に共鳴し、この実験を一緒に面白がってくださる方に届くことを、心から願っています。 「自分らしく在ること」と「世界と調和すること」.
4月14日




