

舞あふるる
目が覚めた。カーテンのない曇りガラスの窓が、うっすらと白んでいる。時計を見ると、4時ちょうど。 最近はこのくらいの時間に、自然と目がさめる。 この前の新月の頃、新しい暮らしに合わせて「朝のルーティン」を見直した。 4時に起床し、散歩へ出かけ、7時から色々な所務に取りかかる。15時にはほぼその日のタスクを終えて、早めの夕食をとり、お風呂に入り、遅くても21時には布団に入る。 ちなみに、実際にやってみると、どうしても寝る時間は22時を過ぎてしまうので、日々体調や気分の変化を記録しながら、今のベストを探している。私の毎日は、小さな実験と検証の繰り返し。今日何をしたらどうなったか、改善するために明日はどうするか。そんな毎日の暮らしのデータを記録し、分析し、次へと繋げていく。私の気質は、研究者か科学者に近いのかもしれない。 * この日も、朝のルーティンを書き出した紙を見ながら、ひとつずつ丁寧にこなし、散歩へ出かけた。 起きた時は曇り空だったのに、今は少し陽が射している。いつものように真っ直ぐ公園へ向かった。左右の足が股関節からリズミカルに前へ出るに任せ、
3 日前


塩で足を洗う
足洗いを始めたのは、いつだったろうか。 記憶の糸をたどると、前の、前の、前の家に住んでいた頃だから、もう四、五年は経つのかもしれない。 私は、とんでもなく引っ越しが多い人間だ。かつて一ヶ月に三回も転居したことがあった。人生で最も目まぐるしく景色が移り変わった大転機。けれどその最後に辿り着いた真っ白い部屋で、私は初めて「自然派ミニマリスト」という言葉を自分に贈った。必要最小限の、大好きなモノだけに囲まれた、あの穏やかで満ち足りた暮らし。 私はいつも、思い立ったら考える前に身体が動いてしまう。とりあえずやってみて、その体験をカラダに馴染ませながら、少しずつ修正を加えて、自分のものにしていく。もし違ったり、興味が薄れたりしたら、アッサリと手放し、次へと歩を進める。その切り替えの速さに、大抵の人は付いて来られなくなるのだけれど、私には、この軽やかさがここちよく、何よりも自分らしいと感じている。 私の帰宅後の儀式、足洗い。それは、外から連れ帰った自分の心身をリセットし、私という個体を保つための、大切な習慣である。 世間一般の、手洗いうがい、という常識を、私
5月22日


あ よもぎ
あ よもぎ ひと月ほど前からずっと心の片隅に棲みついていた、よもぎ。ついに見つけた。 彼らはいつも肩を寄せあい、群れをなして生きている。小さな集落。こんもりとした、イノチの森。私は彼らを驚かせないよう、おもむろに膝を折り、目線を合わせていく。彼らは茎に白くてふわふわな産毛を纏い、大きな葉には朝露をたたえ、はにかむように佇んでいた。 私はそっと右手を伸ばし、天辺を優しく手折(たお)り、匂いを嗅いだ。懐かしいかほりがふわっと漂い、私は深呼吸した。そして森の中へ指先を忍ばせ、茎の太さや状態を確かめる。もう丈の伸びた子も多いので、上部の柔らかい部分を指先ではさみ、微かな手応えで硬さを感じ取る。ありがとうね、私は小さく呟いた。 ゆらり、ゆらりと歩を進めながら、この小径の左へと視線を走らせる。この小径は、川沿いの遊歩道。川沿いといっても、川は朽ち葉色に塗られた柵の下。もし目線ほどもあるこの柵を超えられたとしても、そのすぐ下にはコンクリートの石塀が崖のようになっており、飛び降りるには高すぎる。たとえ飛び降りられたとしても、その下は土砂が溜まって出来たと思われる
5月15日




